月下星群 〜孤高の昴

    “約束にはまだ早い”

       *麦わら海賊団のお話ではありません、ご容赦。
  



長い長いその一日は、だが、
間違いなく歴史へと記されて、
のちのちまでも人々に長く語り継がれるだろう、
“運命の日”となった。
現在の大海を凌駕する主柱勢力、
その呼称“四皇”のうちの一角にして、
誰もが最強軍団と疑わぬ、あの白髭海賊団の主力戦力が、
世界政府の直轄、海軍本部マリンフォードへと集結し。
天下分け目の大合戦を繰り広げるに至ったのだ。
白髭海賊団の率いる二番隊の若き隊長、
ポートガス・D・エースを捕獲・拘束し、
その公開処刑を構えたことで、
海軍による“宣戦布告”をしいたも当然、
それによるこの展開ではあったのだけれども。
世を騒がす蛮行為す海賊と、
それを徹底的に粛正する海軍と という、
相反する二つの勢力の単純な正面衝突…に収まらぬ、

  裏で跳梁した者、
  それと知っていて結託した者、
  何としてでも防ぎたいと奔走した者 などなどの

様々な思惑が前哨戦として錯綜した末の、
正に 一大頂上決戦となり。
双方の勢力を一気に抉り滅ぼす勢いの、
壮絶な死闘という形で繰り広げられた戦いは。
数多の命を毟り削って、
それでも終わりを見せぬ“泥沼化”しかかったものの、

  ―― この死闘を終わらせに来た

彼とて決して傍観していた訳じゃない。
むしろ最悪の事態が起きることを懸念し、
ここへと至る その詳
(つまび)らかな仔細の全てを見逃すまいとし、
白髭へも挑発に乗らぬようと進言をし、
戦線の膨張を防がんとカイドウ一味を叩き伏せ、
全力で回避の方向へと働きかけていたのだけれど。

  白髭もまた、
  家族も同然の仲間を殺した悪党へ、
  けじめをつけねばどうしても気が収まらぬとする、
  若者の滾りが判らぬでなし

エースの奔走を強くは止められず。
それが招いたこの事態へ、
自らが推して出たことでけじめをつけんとしたのだろ、
白髭の尋深い心意気も理解は出来るとした上で。
ならば、収拾をつけるのは自分の役目と乗り出して来た、
赤い髪したもう一人の“四皇”の。
凛然とした威容に満ちた登場と、彼がまといし覇気とによって、
狂気は消え去り、閑とした沈黙が訪れたのち。

 そのままどちらか、いやさ、
 この世の正義と悪とが、
 最後まで潰し合うまで続くかのようだった大決戦が、
 完全な氷結という終息を見せたのだった。




     ◇◇◇


こんなところで逢おうとは思わなんだ顔見知りに託した、
懐かしい麦ワラ帽子の行方を。
ほんのしばし、眩しげに追った彼だったこと、
そちらも余さず捕らえていたのだろ。

  ―― いいんですかい? 逢わなくて

古顔のクルーなら全員が知っている、それは破天荒な小僧のこと、
この船長がどれほど買っているかもまた、周知の事実であったから。
帽子を、ではなく、それを“返しに来い”と預けた少年のこと、
案じてるんじゃないんすかと、声を掛けて来た仲間へは、
そりゃあ逢いたいがと苦笑を零してから、

 『…今 逢ったら約束が違うもんな、ルフィ』

あれもまた今日という一日を、
信じられない底力と気力とで奔走した、一端の海賊であり。
精も根も尽き果ててのこと、意識を飛ばしていたようだったので。
どれほどの高みに登ろうと、
彼には今も変わらず、愛しき和子ではあったれど。
様々な想いを咬みしめつつ、今は逢えぬとかぶりを振った。

 「………。」

物の喩えじゃあなく
海も猛った、空をも割った。
それほどの異変に世界が揺れた地獄絵を、
そりゃああっさりと吹き飛ばし。
海はいつもの素っ気なさで今は凪ぎ、
その表を進む船の甲板には、たゆたう潮風。
なぶられる赤毛の陰には、
いまだ忘れられぬ痛みを埋めた傷が見え隠れし。
今はすっかりと慣れての不便も感じぬ、
左を失い、隻腕となったその日、
無言のままながら、内心では必死で怒りと戦ってた誰かの。
やはり圧し殺された気配を、今もまた背に感じて、
精悍な口許へとうとう苦笑が浮かんでしまった四皇が、

 「何か言いたそうだな。いや、言わせたそうだな、副長。」

甲板の真ん中、うららかな陽だまりに座り込み、
深色のマントに風をはらませ、
背中を向けたままで応対する。
一言だって口を開けちゃあいない、副長ベックマンだったが、
たとえ故意に消してたって、
その気配くらいは拾えるような長い付き合いなのだし、

 「特にそんなつもりはねぇんだがな。」

今は確かに、いつぞやともまた違い、
言いたいことは一片も持ち合わせちゃあいない。
雑魚に過ぎない山賊に、
盾として攫われた幼いルフィを取り返しに向かった折。
そんな雑魚よりは格も上だったろう海王類に、
後先考えず くれてやった左腕。
そうした彼の心根は判ったものの、
自分たちという海賊仲間を抱える身であり、
皆の大事な存在だという自覚も吹っ飛ばし、
その身を削った“おかしら”の無謀な行為を、
分かりたくないと心が軋んだあの時よりは、
自分の中に渦巻く、感情的な波風はなく。
強いて言えば、彼自身が言ったよに、
何か言いたいことがあるんじゃなかろかと。
独り言でもいい、言ってみなよと構えてはいるので。

 「………。」

新しいたばこに火を点けて、
ため息に聞こえぬよう、潮風へ紛れさせ、
紫煙を吐き出した副長殿だったのへ。

 「二人ともが、嵐を呼んじまう子らだったとはな。」

その身に負うには若すぎる早すぎる、
そして…大きすぎる宿命やら絶望やら。
どうして自分が愛しいと思う子にばかり、
やたら降りそそぐもんだろかとでも言いたいか。
時折 風に膨らむマントから右腕を持ち上げると、
頭の上、髪をわさわさと掻き回し、
手を降ろしついでにその肩をも、
心なしか萎えさせたお頭様ではあったれど。

 「否応もなく、
  そういうのの下へ生まれちまった子らではあろうが。」

仲間を殺された復讐だったり、
父も同然と慕うお頭の面子を立てるためだったりと、
最後の最後まで“誰かのために”とばかり、
奔走していたような節のあったエースには。
けじめという名の下、どこか頑迷な誠実さの匂いがしもしたが、

 “ルフィの側はどうだろか。”

今回こそ、兄をどうしても救いたいとの想いから、
生涯賭してという勢いで奮闘した彼じゃああろうが。
破天荒さの色合いが、兄とは随分と違う気がしてならず。
昔もお天道様みたいな子じゃああったが、
あの壮絶な修羅場のただ中にあって、
ただのルーキー、しかもまだまだ子童であったというに、
ただの天真爛漫というのじゃあない存在感もて、
戦況を掻き回していたと聞き。


  周囲を否応もなく惹きつける、いわば熱源のような


居合わせた大物らを、善しにつけ悪しきにつけ、
引っ張り回した旋風小僧。
少なからず、
成り行きというものもあっただろうが、それでも。
ああまでの大決戦の方向定める場を、
牛耳っていた顔の一人ではあったらしいし、

 「戦さが始まる前からも、
  あのレイリーさんに関わらせ、
  ドラゴン直下の革命家たちに加勢させたほどだもんよな。」

どんだけ末恐ろしいガキだかと、
あっはっはと痛快そうに笑ったシャンクスだったのへ、

 「成程ねぇ。」

長身の副長殿、口許へと当てた手のひらを離すと同時、
細い紫煙をたなびかせつつ、
それへと賛同の意味合いからか、紡いだ一言が、

 「目利きであるほど惹きつけてしまう、逸物ではあったわけだ。」

ふふと短く笑って返し、

 「………うまいことを言うと、
  褒めてやった方がいいのか? それ。」

微妙に目許を眇め、やっとのこと振り返ったおかしら様だったのは、
自分もまた、
あの無鉄砲坊やを認めた“目利き”の一人と
数えられてねぇかと感じたからで。
雄々しい胸元へ高々と腕を組んだままの副長殿、
さぁて?と、どうとも言えぬ笑み浮かべ、
引っかけには乗らんぞと、子供のようなお顔になった四皇の態をこそ、
悠々と楽しげに見やった昼下がり。
彼らの頭上では、
穏やかな陽射しに照らされて、
あの坊やが“風の太鼓”と呼んだ帆の鳴る音が、
はたたぱ、単調に鳴り響いていたのでありました。




   〜Fine〜  2011.04.19.


  *またまた、
   こんなエピソードが挟まる隙なんてないと言われそうですが。
   それと、あのシャンクスさんが、
   人の生きざまとか評するとは思えないのではありますが。
   エースについてだとて、
   決して…宿命
(さだめ)に振り回されてる子だとまで、
   見ちゃいなかっただろと思うのではありますが。
   あの 580話に追いついたアニワンで、
   あまりにクールな登場なさった赤髪のおかしらへ、
   何か書きたくての勢い余った代物、
   どうかご容赦願います。


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